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ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

人に頼ることをスケジューリングしてしまおう

人に頼るのは悪いこと?

人に頼るのは抵抗がありますよね。実際、自分がやるべき仕事を「やりたくないから」という理由だけで他の人に丸投げして最後には自分が巻き取って自分の手柄にする人などがいたとしたら、そんな人には頼られたくないですね。ここで言おうとしているのは頼るというより協力をお願いするという意味合いが強いです。これは悪くないですよね。

 

自分でやるのが正しい!

真面目な人は、とにかくワンストップ志向です。なんとか自分でやらなきゃと思ってしまう。できるだけ他人の手を借りずに完了させるのが良いと思っているんですよね。

 

実際、1人でこの仕事を全部やり遂げた!なんて人は確実に評価されます。会社で働いている場合、それだけ安い単価で仕事を完了できたわけですから、会社からはコスパが良いと評価されます。

 

ただ、これは結果論でしかないと思います。その1人の人が怪我をして長期の休みを取らざる得なくなるかもしれない。手が回りきれず、スケジュール通りに進捗しないかもしれない。そんな危険と隣り合わせです。会社としては、このように特定の個人に紐付いた業務がある状態は、解消しなければいけない。つまり、人に頼り頼られの関係を、その組織内では作らなければいけない。自分の受け持っている仕事を、何らかのタイミングで他人に渡すことに罪悪感を持っていると、結果的に組織に迷惑がかかります。

 

頼るのではなく分担

だから管理職は「人に頼ってもいいんだよ」と口を酸っぱくして言うことになるわけですね。できなくて頼るのではなく、役割分担だと思えば罪悪感はなくなります。自分の範囲はここまで!と決める。

 

さらにあらかじめスケジューリングしておくと、もっと心の壁がなくなります。「この仕事は最初誰々から依頼されて、自分がまずは下書きして、次に先輩にチェックしてもらって」と、ボールを受け渡すように回していくのが組織で仕事をする典型例ですね。「先輩にチェックさせちゃって悪いなぁ…」などとは夢にも思いません。そして、あらかじめ業務フローとして共有しておけば錦の御旗が付くので、なおさら他人に振りやすくなります。

 

この「あらかじめスケジューリングされた業務フロー」こそ、タスク管理の肝です。タスク管理をすれば、人に頼ってはいけないという壁がいつのまにか崩れるかもしれません。

 

決め台詞「定時で上がります」が浸透し始めている

朝礼・終礼

我が社では、毎日部ごとに朝礼と終礼をやっています。朝礼では各自今日やる予定のことを言っていき、終礼では今日やったことを言っていきます。つまるところどこの会社でもやっているようなものです。我が部は管理部といいます。経理部と合同で朝礼と終礼を行い、お互いやることを言い合ってその日のスケジュールを軽く共有するのです。

 

終礼での報告

1日が終わり、今日やったことを各自報告します。そして、残業代がつく平社員は、終業予定時間を必ず言うようにしています。ダラダラと残ってやり過ぎにならないか、複数人で分ければもっと効率良く終わるんじゃないかということの検討・検証のため、部長が部下の終業予定時間を把握するのは大事ですよね。

 

決め台詞

私は割と残業をしません。会社が嫌なのではなくて、無駄な残業をして残るより、早く家に帰って団らんして睡眠をたっぷり取らないと翌日以降に差しさわりがあるからです。また、僅かながら時間外手当を削減して社長に貸しを作っている気になっていたりもします。

 

私は、終礼での報告の終わりに必ずこう締めくくるようにしています。

 

「何もなければ定時で上がります。以上です。」

 

「定時で上がります。以上です。」

 

 

言い方は「以上です」に向けてpoco a poco accelerando(少しずつ速く)していきます。2つの使い分けは、前者は「何かあれば対応しますよ」後者は「問答無用で帰りたいですよ」です。

 

これが、段々と部内へ浸透しているのです。同僚が全部同じ言い回しで言うようになってきました。繰り返した甲斐がありました(笑)

 

同僚がこの言い回しを使うようになったということは、以前より定時で上がることが部内で多くなったのではないかと思います。そして何より、定時までに仕事を終わらせるかどうかを部で強く意識するようになったと自負しています。

100個以上のタスクの全部の「次の行動」が分かる一覧表示にうっとりする

タスク一覧画面

我ながら壮観だといつも思うのが、このタスク一覧の画面です。

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特筆すべきは、自分が今抱えている全ての仕事タスクがこのエクセルのシートに収まっているということ。

 

その結果、ここさえ見ていればやり漏れは発生しないという絶対的な安心感に満たされます。同時に、ここに載っていることじゃなければ自分の仕事ではないという大きな自信も得られます。

 

生きているタスク

ここに載ってきているタスク達は生きています。完了まで到達せず、絶えず誰かが何らかのアクションを起こして変化が生じています。100個以上のタスクがひしめき合って動いており、100個とも別々の動きをしています。

 

情報量の多さに圧倒

1つ1つをとってみれば取るに足らない情報量ですが、それらが集合するとものすごい量の情報になります。昔のSF映画で、ピコピコ近未来的なノイズがBGMとなって現れる集中操作室にあるでっかいコンピュータを思い出させます。その表現が指し示すものは、人間のコントロールできる範囲を超えた複雑すぎる情報処理をやっている感です。

 

確かに、100個以上のツマミをせわしなく上げ下げしているのと同じようなことをタスク管理ツールではやっています。複雑な様相を呈しますよね。そして、それを見てハッと気付きました。(自分の)人智を超えている。

 

こんな数のタスクを覚えて、しかもそれらの途中経過報告をいっぺんに表示させるなんて、脳内では絶対無理です。ちょっとやそっとじゃ管理しきれない感じが半端ないです。「うわー、これ自分の頭じゃ逆立ちしたって覚えきれないな」という量をツールが目の前に提示してくれているという事実に戦慄。自分の能力の拡張もここまできたかという感慨もあります。

 

タスク管理は、日常的なタスクを管理するので、現在抱えているタスクの数がものすごい数になることもしょっちゅうあります。「こんなにたくさんのタスクを走らせていて、よくこんがらないでいられるなぁ」と感心することしきりです。

 

主を混乱させないどころか、安心感や自信まで与えてしまうこのタスク一覧表示、我ながら1日に何度も見ては悦に入っています。

「行間を読む」習慣とタスク管理

行間を読む文化

日本語は最近よく聞かれる「忖度」という言葉の存在からもわかるように、行間を読む文化といってよいと思います。書かれていないことや言われていないことを読み取らなければ、コミュニケーション不足と言われますね。

 

そんな日本語に関する素晴らしい記事を読みました。

ameblo.jp

行間や空気を読めないとコミュニケーションが成り立ちづらい「高文脈文化」の最たるものとして日本語が挙げられています。そしてその逆「低文脈文化」の典型、つまり全て言語化するのがドイツ語なのだそうです。無駄に長い(と思ってしまう)単語が多いのはそのせいかと思います。

 

高文脈文化の問題

私は、発達障害の影響がちょっとあるのか、その範囲でないのか分かりませんが、話された言葉や書かれた言葉で判断しようとする傾向があります。

 

ツイッターで「忖度」をドイツ語訳すると恐ろしい訳文になるというつぶやきが話題になりました。

 (森友の件で言う)「忖度」に当たるドイツ語はvorauseilender Gehorsam、直訳すると「先回り服従」。権力者の直接的な命令に対する服従ではなく、権力者が期待する行動を下位者が自主的に推測して行う服従。ホロコーストが行われたメカニズムとしてよく引き合いに出される。

Twitter

こういった「そこまで言っちゃうと身もふたもないが、まぁそういうことだよね」問題は、何も国会に行かなくとも身近に存在するのではないかと考えています。

 

タスク管理を進めるための言語化

多分、タスク管理をキチンと進めるには、ドイツ語よろしく大部分を言語化するのが適していると思います。仕事を確実に進めていくため、指示内容を明確にしようと確認すると、時々「まぁ、いってしまうとそうなんだけどさぁ」という展開があります。

 

「なる早で」

「いつですか?」

「うーん、いつでも良いんだけど、なるべく早く欲しいな」

「じゃあ来週の頭で良いですか?」

「う〜ん、じゃそれでいいや」

 

こんなやり取り、割とあります。タスク管理をする上で、期日を仮でも設定したいんです。タスク管理を使って真摯に仕事をしようとすると高文脈文化の壁が立ちはだかります。これは避けがたいようです。

全部のタスクのボールがなくなった日

「当方ボール持ち」がなくなる

GTDでは「自分が次に取るべきアクションリスト」というものがあります。収集したタスクを分解してわらわら出てきたアクション(タスクを分解したもの、とここではお考えください)のうち、今自分が手をつけられるもの、自分がボールを持っているものを集めたリストです。私は各タスクに「当方(ボール持ち)」というフラグをつけています。そのフラグが付いたものの集合が「自分が次に取るべきアクションリスト」ということになります。

 

自分が次に取るべきアクションリストからアクションがなくなったのです。

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※当方ボール持ちの数字が0になっています。

 

タスクがなくなったわけではない

誤解なきよう申し上げますが、仕事がなくなって閑職に追いやられたわけではありません。タイミングがたまたま合っただけです。投げられてきたボールをただただ投げ返していた結果、手元にボールが残らなかっただけということです。とはいえ、それだけ自分への負荷が少なくなったということなので、嬉しいことです。

 

仕事を抱えるということ

「仕事を抱える」という考えには2つあると考えています。1つは、GTDによる「収集」した結果、タスク管理ツールにタスクが乗っかってくること。もう1つは、それらのタスクを細かいアクションに分解し、そのアクションが自分ボール持ちであるタスクがあること。

 

背負い込み過ぎの考え方

仕事をたくさん抱え込んでしまって爆発寸前!といった人は、上記の前者のみ考えている傾向があるのではないかと思います。

 

よく考えたら隣の〇〇さんにパスした仕事なのに、自分が何かしなきゃいけないんじゃないかとアワアワしてしまっていたり、といったことはありませんか。自分はありました。リマインドをするといった程度を超えて、他人がやるべきことに対してクヨクヨ考え過ぎていました。面倒見が良いと言われる行為なのであまり危機感を抱くことはありませんでしたが、今となっては、一旦手離れしたタスクに気を揉むくらいなら、別の自分ボール持ちタスクのアクションを実行した方が良いと思えるようになりました。つまり、後者の考え方を取り入れることができたわけです。

 

困ったことに、前者のみを「仕事を抱える」と捉えるタイプは、とても真面目な人が多く、必要以上にたくさん責任を持ってくれるので、周りからもその考え方が歓迎されがちです。舵を別の方向に自分で切る必要があります。舵を切る方法は「(ちょっと)不真面目になる」です。こうなっている方、オススメです。

1時間後のリマインダー

常務から依頼

先日、昼休み直前に「取引先の〇〇株式会社との契約書のコピーを共有して下さい」との依頼メールを受け取りました。

 

そのメールは他にも、別の取引先との契約書を作って欲しいという旨と、その内容についての注文がかなり長文で書いてありました。どちらかというと、契約書作成の方がメインで「あと、そういえば」程度のお願いが、冒頭の契約書コピーの共有でした。

 

めいっぱい昼休み

昼休みは、いち早く弁当を食べて、昼寝をすることにしています。あまり寝られない時もあります。よく寝られた時は気分もスッキリとなり、気持ち良く午後の仕事をこなすことができます。そのために、昼休み中は仕事のことは頭から抜けてます。タスク管理ならではで、「自分の仕事タスクを信頼できるシステムに預ける」ことで、頭からやりかけの仕事の不安がなくなるという現象が起こります。厳密に言うと、仕事のことを全部忘れるというのではなくて、忘れられる安心感を手に入れられるということです。

 

午後の仕事開始

そして、午後の仕事が始まります。そういえば午前中こんなことやっていたからその続きをしようとか、電話応対をしたり、突発的な相談に答えたりしていたところ、すっかり忘れていたんですね、常務に契約書のコピーを渡すのを。

 

なぜ「忘れていた」とここで書けるか。それは、思い出せたからです。どのようにして思い出したか。これは、茂木健一郎のアハ体験のような感じ、あるいは一休さんのポクポクチーンのような感じで、自力で思い出せたわけではありません。

 

ツールがリマインド

タスクをこなすごとに、私はタスク管理ツールに戻ります。戻って「このタスクのこのアクションは完了…っと」という感じでフラグを都度立てています。そこに未完のタスクが一覧表示してあるので、「さて、次のタスクは?」と次の行動を選択していきます。そこにあったんですね、「常務に契約書のコピーを共有する」というタスクが。自分がやるべきタスクである旨のフラグの赤い表示が目に飛び込んできました。ツールの表示が「おお!そういえば今日常務からのメールにチョロっと書いてあったアレだ!」と私に思い出させてくれました。

 

タスク管理以前の自分であれば、そのタスクの小ささから「これは覚えておくから大丈夫」とか言ってメモにも残さず、忘れてしまっていたことでしょう。タスク管理、そしてそのツールのありがたさを再確認しました。と同時に、自分が相変わらずであることも(笑)

 

こういう体験も、タスク管理を継続していける源かもしれませんね。

ゴールを「見極め」て、明らかにする

その仕事は何のため?

言われた通りにやって終わりにしない人は優秀な人ですね。これ、GTDの枠組みで理解すると分かりやすいんです。

 

GTDは、そのタスクのゴールの「見極め」というのを必ず行います。そのタスクを何のためにするのか。例えば、「福利厚生制度として〇〇リゾートホテル割引宿泊制度を入れて欲しい」というリクエストがあった場合、そのリゾートホテルとの契約をして、申込手続を決めて、最終的には社内に告知をしなければ意味がありません。最終的にはどうなっているべきなのかが分かっていると、言われた通りのことだけやって終わりの人にはなりません。

 

ゴールがあると軸を見誤らない

さしあたっての指示や慣習と違っても、結局正しい方向へ向かえる軌道修正ができたりします。上の例で言えば「役員だけ対象の都市にある高級ホテルの宿泊割引がある」という情報が来ても「それは社員全員への福利厚生ではない。何のための福利厚生か。」としてはねることができます。

 

GTDの「見極め」の効果

冒頭で書いたように、タスクの見極めがGTDでは必須とされているので、ブレずにタスクを実行して完了することができます。ブレないということは、それだけ寄り道が少なくなる。無駄が少なくなる。つまり、見極めをすることによってスピードが上がるということです。

 

目的が分からなかったら?

とは言え、指示されたタスクの目的の見極めが、全部が全部できるとは限りません。そんな時はどうするか。私は、依頼主に聞くようにしています。その人たちも分からなかったら、そのタスクはやる必要がないはずです。あるいは、もっと別の目的を持ったタスクに差し替える必要があるかもしれません。是即ちカイゼン也!

 

目的が分からない場合でなくとも、タスクの依頼主と目的・ゴールをあらかじめ決めておくことは大事だと思います。あとから「そんなんじゃなかった」とハシゴを外されないためにも。