ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

「頭の片隅」というありもしない場所

「頭の片隅にでも置いておいて」とはよく聞きます。

「きっちり覚えておくほど重要ではないが、でも覚えておいて欲しい」というのが意訳だと思います。

 

これ、モヤモヤしませんか?

覚えるか、覚えないかしか無いんじゃないですか?

 

片隅という比喩からは、「忘れていても良い」という意味は汲み取れないので、やっぱり覚えなきゃいけないんじゃないか!うがー!と過剰反応してしまいます。

 

なぜこんなに反応するかと言うと、GTDでは「やるべきタスクかどうか」の判断を最初に行わなければいけないためです。

 

やるべきタスクとして認識されれば、「そのタスクの目的は何か」「そのために次にするべき具体的な行動は何か」というフローに回されます。やるべきタスクではないと認識されれば、(例外はありますが)そのままポイです。

 

頭には片隅もど真ん中もありません。

 

「片隅」という言葉で軽いイメージを付けて逃げないで欲しいなと思ってしまいます。

 

逆に、こういった曖昧な表現を曖昧なままにしておかず、「やるタスクなのか、やらないタスクなのか」「いつまでにやるのか」「具体的にどういう成果物・アウトプットが必要なのか」を、依頼主がひくぐらいに具体的・現実的に確認することが、GTDを運用していく上ではかなり重要なことだと思います。

 

・・・ですけど、例えば「なる早で」と言われて「だからいつなんですか!(怒)」といった調子で仕事はできませんよね(笑)

 

締切については、「では、●月●日までに返答しますね」

成果物のイメージについては、「では、ワードファイルA4で1枚程度にまとめますね」

 

といった感じに自分から具体的な提案をして、相手にのんでもらいます。

そうすると、周囲を自分のペースに巻き込むことができます。

 

曖昧な表現を具体化するというのは、仕事を進める上で大きな力になるんじゃないかと思っています。