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ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

気になることが無いという解放感「インボックス・ゼロ」

判断してよ。処理してよ。

気になることがあると、それは終始頭から離れることはほぼありません。自分ではすっかり忘れ去ったつもりでいても「正体不明の不安感」という形で残ります。

 

例えばやるべき仕事をやらずにいて、その書類を机のトレイに置いたままにしている時。その業務タスクがあなたに呼びかけます。「やるかやらないか、判断してよ。やるんだったらさっさと処理してよ。」これが複数たまったときの不安感は、実はあなたを縛ります。

 

タスク管理では、仕事が発生したらとりあえず置いておくトレイという意味合いの「インボックス」から、自分の「処理する」「捨てる」等のトレイへ移動するというイメージで、「気になること」を判断したり処理したりして「気にならなく」します。

 

気になることが無い≠全て完了

不安が無い状態、つまり気になることが無い状態は、タスクが無い状態ではありません。タスクがすぐに手をつけられるようにして出揃っている状態、あるいはまだ手を着けなくて良いという状態です。つまり完了していないタスクがズラリと並んでいても、それらの締切が全て今日とかじゃない限り、完了させなければ!という不安から逃れられるということになります。

 

業務タスクが並んでいるリストがあったとして、その1つ1つが「すぐに実行可能なタスク」であり「締切が迫っていない」のであれば、いくらタスクが手元のリストに大量にあっても、「やらなきゃいけないことがあって、やっていない」という不安はありません。

 

インボックス・ゼロとは

 インボックス・ゼロという考え方があります。

www.ashi-tano.jp

 引用元ではメール効率化というテーマですが、タスク管理一般に共通するものです。要は、「気になることがとりあえず置かれているトレイ」から「どう対処するかハッキリしているトレイ」へ全てのタスクを移動しておくというものです。

 

物を整理しているとき、「とりあえずよく分からない物はココに」と、仮の置場を作って、そこに物がドンドンたまっていって行き詰まってしまうといった経験をした人は少なくないはず。そんなことのないようにするのが「インボックス・ゼロ」です。

 

仕事の依頼即ツール行き

私は、依頼を受けたらほぼ即時タスク管理ツールに入力します。いったんノートにメモしても数分以内にはツールへ収まっています。もしかしたらこれはインボックス・ゼロを実践しているのではないか?と思い、考えてみたらそうでした。もっとよく考えると、ほぼ「インボックス」というものを使っていないと言ってよいことが分かりました。整理整頓が非常に苦手な私にとっては、インボックスの存在そのものが忌避しなければいけないものでして、タスク発生→インボックスへ仮置き→ツールへ格納ではなく、タスク発生→ツールへ格納というイメージで日々タスク管理をしています。

※厳密に言うとインボックス的なものはあるのかも知れませんが、私の 認識では、どこかに仮置きして、それからしかるべきトレイにタスクを振り分けるといったことはしていません。

 

数人で大皿料理を食べる時の話

数人でご飯を食べる時、大皿料理を頼んだとします。料理が大皿に乗せられて運ばれてきた状態が、インボックスにタスクが仮置きされている状態です。それから、一口大に切って自分の取り分け皿に移動するというプロセスを経て、すぐにパクつくことができる状態で自分の手元にあると一安心。これがインボックス・ゼロの状態です。大皿にずっと料理があると、あとどれくらい食べられるのか、どんなタイミングで取っていいのか、取りすぎじゃなかろうか等いろいろ考えてしまって、始終脳裏に料理のことがよぎります。食いしん坊の私は、こんな連想をしてしまうのですが、お分かりいただけますでしょうか。

 

なお、大皿に盛られた料理を一気に平らげてしまえばそんな心配することはないんですが、それはそれでカロリー摂取過多という問題が生じるのでこれまた面倒です。あ、これはタスク管理は完全に関係ありませんね(笑)

 

話を戻します。「気になることが無い」という解放感は自分の頭を格段にスッキリさせ、ストレスも無く、落ち着いた心境でいることができます。「インボックス・ゼロ」は、先に挙げたメールにおいても、使ったおもちゃを片づけたりするのにも、家事を効率よくこなしたいときにも有用です。