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ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

「勉強はできる」人に足りないもの

偏差値40からの大学受験

私は高校時代、部活に明け暮れていました。高校3年生最初の「河合塾・全国統一マーク模試」では、偏差値40台という恐怖の数字を叩き出しました。「偏差値40からの大学受験」というフレーズがあります。この「偏差値40」とは「頭悪い」のソフトな言い換えであり、私は当時の同い年の中で頭が悪い層に入っていたわけですね。当然浪人しました。

 

予備校の言う通りに勉強

ナントカのひとつ覚えで、とにかく浪人中はひたすら予備校の講師の言う通り勉強しました。その結果、まるで試験問題が漏洩したんじゃないかというくらいの的中っぷりを予備校講師が見せた世界史を得点源に、記念受験レベルの大学へ入ることができました。

 

とにかく講師の言う通りに勉強しました。英語では「これを覚えなさい」という構文・言い回しをひたすら暗唱。長文読解では、文章の構造を講師独自の記号を使って読むように訓練を受けました。世界史では、前述のように大問1つ全部を的中させるという離れ業を見せた講師の板書を書き写し、覚えるべき箇所を虫食いにして何度も読み込む。講師に指示された方法をただ実行していただけでした。

 

全ては提供された「やり方」

そこで思い知ったのは、受験戦争に勝つためには、「何を目的にしているのか」「どうやればその目的をより容易に達成できるのか」を予備校に任せ、自分はそれをただ実行するだけのマシンになりきるだけだったということ。目的は大学に合格することであり、勉強方法は予備校が具体的に決めてくれます。他の勝ち方もあると思いますが、私はこうでした。

 

勉強できるけど賢くない人

私のような浪人生活の送り方をした場合、その1年間の努力の結果得られたものは、大学受験に必要な知識のみなんですね。目的を見定める、それに向かって方法論を試行錯誤する、という思考過程がスッポリ抜け、そういった「勝つための方法論」を経験していない。巷によく聞く「詰め込み教育の弊害」「勉強だけできて賢くない人」のできあがりです。

 

ただ、予備校が悪いとは思っていません。むしろ、受験生が時間をかけてしまう「目標設定(=どの大学を狙うか)」「方法決定(=どういった勉強法にすれば良いのか)」を代わりにやってくれて、確実に大学進学を手助けしてくれるからです。

 

「目的」「それに至る過程」を創る

ところが、仕事となると話は別ですね。入社したばかりならともかく、ある程度仕事に慣れてきたら、誰かが肩代わりして「この仕事の目的はこうだよ」「そのためにはこれをこうして、こうして、こうするんだよ」なんてやってくれないですよね。自分で仕事の目的や方法を定義して実行していかなきゃいけない。

 

理解できるきっかけ

それはなかなか実感できないものなんですよね。自分ができていないことを理解できない。何かきっかけがあってはじめて理解できるものだと思います。

 

私にとって理解できるきっかけは、タスク管理をすることで、仕事を成し遂げるためには、まずその仕事がどんな目的を持っているのか、どんな段取りを組めば(より速く確実に)完了できるのかを考えてから実行すべきだ、と分かったからです。具体的に言うとGTDを実践するようになったからだと言えます。

 

GTDでは、上記の「仕事を成し遂げるためにやること」が定型化されたフローに落とし込めることを気付かせてくれます。物事を成し遂げるために必要な思考過程のうち私に不足していた部分を、やっと埋めることができました。

 

書いていて苦笑い

普通なら無意識のうちに「足りないもの」が分かって、自分で身に付けていくものなんだと思います。私は何につけても遅いんだなぁと、これを書きながら苦笑いしております。