ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

余計な仕事を発生させない面の皮の厚さ

トラップ入り「念のため共有」メール

罠なんですよ、これ。「念のため共有いたします」とか、ある特定の人宛のメールなのに、CCにやたらたくさん入っているメールとか。

 

本文をよく読むと、もしかしたらCCに名を連ねている人たちが行動を起こした方が良いんじゃないか?というような、単なる問題提起とも具体的な指示とも取れる内容がトラップ入りのメールです。

 

そんなメールはあえて無視

自分宛に依頼のメールが来たり、他人宛のメールでも名指しで依頼されたら、それは自分が対応すべきですね。しかし、他人宛のメールで、自分の名前も出てこず、でも自分が動くことを期待している内容があった場合、無視しています。指示内容が明確ではないからです。

 

良し悪しは別として負荷を減らす

会社組織で働く上では、上記のようなことがあった場合は、気を利かせて自分が進んで行動することが良いとされています。その組織の価値観は、ほぼ経営層が作ると言って良いので、必然的にそうなります。

 

何か適当に手当たり次第問題提起すれば、あとは気の利く人が拾ってくれて行動を起こしてくれるという状態は、マネジメント側からすればこれほど楽なことはないですよね。

 

これはマネジメントの怠慢とも言えます。誰かに仕事をお願いして、きちんと完了させるよう管理するのはとても骨が折れるし気も遣います。でも、これをするのがマネジメントのお仕事ですよね。

 

つまり、組織の中での価値観は絶対ではないということを認識して、できるだけ自分が余計な行動をして負荷を高めないようにすること、これは大いにアリだと思います。

 

面の皮を厚くする

そのためには、面の皮を厚くするのが必須です。「え?それ私への仕事の指示だったんですか?」などと平然と言えるようになること。アドラー心理学で言う「課題の分離」を念頭に置くと面の皮を厚くできます。「マネジメント側にはちゃんと指示を出す義務がある。明確でない指示の意を汲み取る義務は、非マネジメント側にはない。」という風に。

 

とは言うものの……

上の話はちょっと極端に感じられることと思います。もし自分がマネジメント側になったら、こんなこと言う部下は扱い辛いんじゃないかと思います。自分の中で着々と面の皮は厚くしつつも、時々妥協するくらいがちょうど良いのかもしれません。

 

これができるための条件

これまで説明したように、面の皮を(ある程度)厚くすることは、より良い状態で仕事をするのに必要だと私は思っています。そのためには、まず自分のやるべき仕事を取捨選択の上、把握すること、そして、「明確に上司が自分に仕事を振ってきたら自分の仕事、振り方が不明瞭で自分に振ってきていないように見えたら、自分の仕事ではない」といった感じで、自分がやるべき部分とそうでない部分を明確に区別することが必要です。これが曖昧だと、安心して面の皮を厚くすることができません。

 

それを意識的に行うものとして、タスク管理の「タスクの収集」、そして「タスクの分解」というプロセスがあります。GTDをするようになって、ある程度面の皮を厚くすることができました。

 

コミットメントを限定する

先日行われた東京ライフハック研究会で、タスク管理に関する本を幾冊も出されている倉下忠憲さんは、「そもそもやるべきことを増やさない、やろうとしない」という「コミットメントを限定する」ことを講演で話しておられました。会社との対決といった雰囲気が濃厚なこの記事と文脈は異なりますが、結論は同じだと思います。

 

身を守る武器・防具

組織の同調圧力に100%迎合した場合、身体がいくつあっても足りません。GTDは、そこから脱却するための、具体的で実践的な方法論でもあり、自分を守る武器・防具です。

 

くれぐれも、素っ裸で戦場に向かわないよう……。

 

#「会社と自分」は私が常に意識しているテーマですが、それにしても今回は対決姿勢を出しすぎましたかね・・・。