読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

「まだできる」はよろしくない

前向きな言葉なのに

「まだできる」「自分の可能性はこんなものじゃない」「自分を信じる」。どれも前向きでいい言葉ですね。でも、あえて前向きな言葉こそ自分をおとしめかねないと言いたいと思います。

 

もちろん、これらの言葉がどんな状況でもマイナスの意味を持つと言いたいわけではありません。しかし、時として自分を好ましくない方向に持っていきます。

 

タスク管理を継続できる理由

タスク管理を続けるにはどうしたら良いか、という問いがあります。私にとっては、それを続けなければ仕事を失いかねない、社会生活を続けられないという状況だったからなんですね。他の人は他の人なりに、何らかの理由があって続けているのでしょう。

 

私の理由を深掘りしていくと、とことん自分に自信が持てなくなったからという深淵にたどり着きます。誰かから依頼されて、依頼内容を実行し、確実に完了させる。これができる自信が完全になくなったんですね。

 

自信をなくすメリット

実は自分にとってはここが境目でした。自分に自信が少しでもある状態というのは、誤解を恐れずに言うと、少しおごっている状態なわけです。実行する前から「そんなことはできるに決まっている」と信じて疑わない。予想外に手こずってしまいその確信が外れる結果に終わったとしても平然としているんですね。

 

その程度「おごり」は誰でも持っているわけですね。生活を送る上で、毎日「今回ばかりは電車に乗れないかもしれないぞ」とか「今日は出社してもパソコンを起動できる気がしないのです」とか、あり得ないですね。

 

極端な例を出しましたが、そのくらいのレベルのことすらできない、というのが私の経験した「とことん自分に自信が持てなくなった状態」です。

 

そして、そのような状態だったからこそ「その程度の仕事だったらメモなんか取らなくてもいける」とか「どうしたらいいか分からない仕事があるけど、いつかスッと分かるだろう」とか考えることが、恐ろしくてできなくなるのです。その結果、記憶に頼らず記録をとり、単純な仕事も具体的なレベルまで行動を細分化し、まるで子供に教えるかのように業務タスクを進めるようになりました。これが後から考えるとタスク管理によく似た私固有の仕事のやり方となりました。

 

「まだできる」「自分の可能性を信じる」は、決して悪いことではありません。ただし、そこには必ずごく少量の慢心が潜んでいます。仕事を抜け漏れミスなく進める障害になることが、時としてあります。それを潰すには、そんな自分の慢心の存在を認めて対策を打っていくべき場合もあるというのは覚えておいて損ではないと思います。