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「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

あえて言う「他責思考万歳」

嫌われ者の「他責思考」

 

責任転嫁はネガティブワードとされています。自分がやるべきことなのに他人に押し付けるということ。これを言い換えると他責思考と言うそうです。


組織の中で、他責思考で生きている人は嫌われる。評価されない。そりゃそうですね。仕事を押し付けられるのは基本的に嫌ですよね。


しかし、私のような「不器用で、要領が悪くて、いつも貧乏くじをひかされている」タイプの人間には、この他責思考が必要だったりします。


自責思考でいることの弊害


特に、要領が悪くて悩んでいる人は、そもそも自責思考(=なんでも自分のせいにする)の傾向が強くなり過ぎる。なり過ぎた結果、次の3つの弊害が起こります。

 

1.自分のせいにすることで自分を追い込んでしまう。

 

鬱へ一直線。他人が背負い込むべき責任を、なぜか自分から引き受けてしまう。


2.タスクの本来の姿を覆い隠してしまう。


全部自分がやることで、本来であれば役割分担をして進めるべきタスクを、その分担を無視してしまう。結果的に、ブラックボックスでタスクを完了させてしまう。属人的になり、共有がされない。結果、同様のタスクが発生した時に自分がやるしかなくなる。自分がいなければ、「なんでアイツがいないんだ!?」と非難される。もしくはそう被害妄想するようになってしまう。


3.タスク進捗スピードが遅くなる


全部自分でやるのと、役割分担して協力してやるのとでは、圧倒的にスピードが違いますよね。

 

と、ここまでくると、むしろ自責思考こそが自分にとって害悪だとすら思えてきます。


自責思考はそんなに悪者ではなかったはず


そもそも自責思考は、悪いことではなかったはずですよね。ただ、やり過ぎると大いに自分に悪い影響があるというだけです。要は、過ぎたるは及ばざるが如しで、他責思考と自責思考を上手に使い分けることが必要だということですね。


自責と他責思考の使い分けをタスク管理で!


そのために、自分のやるべき仕事を把握し、タスクの目的を最初にきちんと見極め、タスクを分解し、分解されたタスクごとに自分がやるべきことと他人がやるべきことの区分けをしっかりつけられるGTDは良いなと思います。


毒を持って毒を制す


また、他責思考の要素が入れば、周囲の他責思考の人からの仕事の押し付けに対抗できる、ということもあります。何だかよく分からないうちに自分がやることになっていた、ということが私にはよくありました。今思えば、自責思考は美徳である!という考えで、ホイホイ引き受けてしまっていたからなんだと分かります。

 

タスク管理は他責思考を少し入れられる良い取っ掛かり


自分にとっては、タスク管理をするようになり、自然に他責思考が少しずつできるようになりました。


これは、私含む「不器用で、要領が悪くて、いつも貧乏くじをひかされている」人にはとても大事なことだと思います。

 

そんなに他責思考を勧めていては、いつか悪者になってしまうのでは?とお思いでしょうか。


大丈夫です。ちょっとぐらい手を出しても、他責思考100%になって嫌われることはありません。

 

むしろ、自責思考に傾きがちな人は、意識して他責思考をするくらいがちょうど良いのではないかと考えています。