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「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

「要領が良い」はずるいのか

要領が良いはネガティブワード?

「要領良く生きる」という言葉は、あまり良い意味では使われないですよね。「アイツは要領がいいからなぁ」と言われるその「アイツ」は、十中八九好かれていません。

 

逆に、要領が悪いながらも愚鈍に生きるキャラクターの人は好かれるように思います。高倉健の「自分、不器用ですから」が好意的に思われている理由は、決して高倉健が立派に役者業を勤め上げてきた実績だけではないはずです。

 

要領が悪いのが正なのか

日本には「判官びいき」という言葉があります。弱きを助け、強きをくじくというものです。野球の試合でも、つい負けている方を応援したくなるという人は多いですよね。

 

ハンデを負いながら、または逆境に置かれながらも成功する、勝利する。そういった筋立てに魅力を感じますよね。私もそうです。

 

私が好きなクラシック音楽も、例えばベートーベンは一貫して「苦悩を突き抜け歓喜へ至れ!」というテーマを持ち続けています。もしかしたら、世の東西や古今関係なく、弱者が打ち克つ姿は共感を得るようです。

 

対して「ずる賢い」「要領のいい奴」は、得てして悪者にされがちです。別に要領のよさと性格は連動しているはずがないのに、これはセットになっていることが多いです。

 

無駄なことをしない大切さ

しかし、実生活に目を向けてみると、愚かなまでのひたむきさは大事ですが、要領が悪くなければいけないというルールは見当たりません。むしろ、無駄なことをしないのは良いですよね。ささっと仕事を手伝って片付けてくれる人、むちゃくちゃ助かります。

 

定時帰りへの非難

これが、いくら自分の仕事が終わって何もすることがなく、ただ時間外勤務手当を無駄にもらわないためだということで定時帰りを実行している人に対しては、多くの会社で悲劇が起きています。仕事が終わったのに、周りの雰囲気がそれを許さず帰ることができない、というものです。

 

終わってない人の仕事も手伝ってくれよということは当然あると思いますが、例えば到底手伝える領域ではない業務を行っているところからも「いつも早く帰りやがってアイツは暇なのか?」と言われたりすることもあるらしいですね。

 

根本的に「要領悪いながらも夜遅くまで頑張ってる俺たち偉い」「要領良く終わらせてさっさと帰るあいつらずるい」という思考になっているんじゃないかと、そんな印象を持っています。

 

タスク管理への抵抗感

これが、タスク管理への抵抗感につながる気がするんですね。分からなくて五里霧中で取り組んで欲しいんですね、きっと。確かに、その方が愛嬌があったりします。速やかに段取りをつけて、涼しい顔してタスクをこなしていくのは、どことなく憎らしい。そこから生まれる胡散臭さみたいなのがあって、そこがタスク管理へに対する抵抗感のもとになるのではないかと思います。

 

ステレオタイプに惑わされないように

 ドラマなどでも、要領良くこなすタイプのキャラクターは、悪役あるいは、やがて朴訥な主人公に倒されるよう運命付けられていますね。

 

だからといって、自分は時間がかかったり、失敗ばかりしてもなお明るさを失わない素晴らしい主人公なんだ!とか脳内お花畑な考えに至っては、とうてい生活していけないわけです。

 

タスク管理で要領をできる限り良くして、それでもやってしまうヘマについてのみ、テヘヘと愛嬌を発揮すべきです。最初から失敗すべくして失敗して「ほら私愛嬌タップリでしょう?」といったところでしらけ鳥が飛んでいくだけです。

 

要領が良いからといってずるいとは限りません。タスク管理で無駄を省き、要領を良くするだけでは、ずるさは当然には出てきません。

 

安心して、タスク管理で「要領良く」なっていきたいと思います。