ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

机の上の書類の山は、自分の記憶を圧迫する

机の上の書類の山

机の上が未処理の書類でいっぱいの人は、無視してへっちゃらなふりをしていても、実はとても気になっています。自分が引き受けた(押し付けられた、もあり得ますが)仕事でまだ未完了のものを、未着手のままにしているのが明確に視覚化されているので、これ以上のリマインドはありません。

 

無意識的に机の上の書類の山が脳内で大きな負荷になり、つい「ちょっとこれよろしく」といった頼まれごとをやるのを忘れるとか、メールで依頼があった案件に対応できずにいることが多いような気がします。つまり「机の上に積まれていない仕事」を仕事と認識する余裕が少なくなってしまうということです。

 

しかも、その山の中には確実に何らかの地雷が埋まっているという確信があるので、時間が過ぎれば過ぎるほど手を付けにくくなるのです。物理的に倒れてくるという弊害もありますが、それよりも、ふとした瞬間にその山の中から2~3か月前に提出しておかなければいけなかった書類が出てきた日には、生きた心地がしませんでした。

 

公共機関に出さなければいけない書類を出さずにいて、ついにその機関の担当者から烈火のごとく怒った電話が会社にかかってきたことがありました。あいにく、その時私は長期休暇中。私の部下(ああ情けない、部下ですよ部下)がその尻拭いにあたってくれました。そして休暇中の私に上司から怒りの入電です。当たり前ですね。自業自得です。そんな出来事を引き起こす地雷が、書類の山には埋まっているのです。怖いですね、怖いですね。

 

えー、何の話をしたかったかと言うと、物理的に書類のような形で分かる仕事は、否応なしに仕事として把握できるのですが、口頭やメールでの依頼の仕事だと、はっきりそうと分かる形に残しておく必要があるということです。あとで仕事として認識できなくなる恐れがあるので、その時に目の前に別の仕事の書類の山があったりすると、口頭やメールでの仕事は瞬時に記憶から消え去ってしまうので、抜け漏れの温床になってしまうのです。

 

仕事を定義する

視覚化されていない、把握しづらい状態の「仕事」をパッとつかみ、仕事として定義することが今は必須のスキルになっています。 

今日、職場に来てただ机の上に並べてあるものを処理すればいいのだと思っている人がいるとしたら、その人はもはや存在しない古き良き世界を望んでいるのにすぎない。(中略)

片付けなければならない仕事とは具体的に何なのか、どうすれば片付けることができるのかを、知的パワーを活用して考える習慣が身につくように、つねに自分を訓練していかなければならない。

(デビッド・アレン「ストレスフリーの仕事術 仕事と人生をコントロールする52の法則」)

「知的パワーを活用して考える」とは、潜在している仕事を顕在化させて把握し、その目的とそれに至る具体的な個々のアクションを作り出すということです。言い換えれば、これが「仕事を定義する」ということかと思っています。

 

まずは、仕事の依頼がきたら、指示の書類を渡される形であっても、口頭でも、メールでも、「ここが仕事をためておくところ」という場所(ノートでも、棚でも、エクセルでも良いです)に置くことで、自分の記憶の対象から外すことが大切だと考えています。でないと、それらが机の上の書類の山、あるいは未読メールの山となって脳内に巣食ってしまうことになります。それは非常に危ない、辛いことですので、是非とも「知的パワーを活用」して、脳内から外へ、仕事についての情報を追い出すことをお勧めします。