ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

甘美な「あー、オレ忙しいわー」

美しき勘違い
職場で、たくさんやることあって手に付かないというときってありますか。昔、私はありました。必要とされていると思って、嬉しかった記憶があります。張り切ってやっていました。「あーもうやることたくさんあって、何から手をつければいいか分からないよぉー」とか、したり顔で言いたい気分でした。美しき勘違いとはこのことです。

 

もちろん、必要とされていたのは事実ですし、全く生産性の無い仕事をただやらされていたわけでもありません。それなりにちゃんとした業務でした。ただし、「忙しい」ということ自体に酔っていた傾向が昔の自分にはありまして、今の私が当時の私に会えたとしたら、嫌味の1つでも言いそうな気がします。

 

「忙しいこと=良いこと」と思い込んでいたのが勘違いです。結果的に忙しくなるかもしれないが、時間あたりの(サブ)タスク完了数が多いことが良いことだと分かるまでに年単位で時間がかかりました。言い換えれば、生産性が高いことが良いことだとなかなか気付けなかったということです。

現代においてナレッジワーカーは、自分がどこにいるか、どこに向かっているかが分からない状況に陥りやすい。仕事の変化が激しいため、何をするかを常に判断しつづけなければならない。そうなると、当然、進むべき方向も見失いやすい。
こうした事態は避けられないことでそれについてはどうしようもない。だが、大切なのは、その状態からできるだけ早く抜け出せるようになることである。
(デビッド・アレン「ストレスフリーの整理術 実践編」)

 

自分がどこにいるか分かりたくない人々
たくさんの仕事を抱えて身動きが取りづらくなって、チョイチョイと仕事をやって「忙しい」という理由で「まだやってない」「やろうと思ってるんだけど、なかなか手をつけられなくて」を連発している人、周りにいませんか?

 

もしかしたら、無駄な動きを排除できて、サクサク業務タスクを完了できていったら、「仕事をするというのはこんなラクなことじゃない!」とか言って怒り出すんじゃないでしょうか。忙しさにかまけることこそ仕事の本質だと理解しているような、そんな感じがするのです。

 

それで仕事人生を終えられれば幸せですね。ただ、今後仕事環境がどうなるか分からないので、できるだけ柔軟に対応できるようにしておくことが重要だと思います。柔軟に対応できるようにしておくということは、「仕事で頭いっぱい!」ではないようにするということです。会社に1人か2人くらいはいる、いつも涼しい顔をして仕事をこなし、「熱血」とか「努力」とか「根性」とかいった言葉とは無縁な感じで働いている人、そんな人が、実は仕事についてまじめに考えているんじゃないかと思います。