ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

失敗は素直に受け止め、余計な解釈を加えずにアップデートする機会を持つ。

いまさらながら、改元の話を。

 

元号が変わることの意味は何かという問いに、宮台真司さんがこう答えていて、個人的にとても納得感がありました。

 

今までを反省して、それをもとに何か新しいことを始める、あるいは今までやっていたことを止める機会

 

これは、まぎれもなくGTDの「更新(レビュー)」です。

 

平成の総括をして自分のあり方・やり方を変えるのが、令和を迎えるにあたっての望ましい姿勢だということです。

 

同じ発言中、令和になってただ「めでたい!」とだけしか言っていない人たちのことを、ハロウィンでお祭り騒ぎをする若者と同じだと切り捨てていました。

 

私は、人に迷惑をかけないのであれば馬鹿騒ぎはむしろ微笑ましいなと思うのですが、それはそれとして、改元の意味をレビューと捉えることは大事だなと思います。

 

さらに宮台さんは続けます。

 

自分の抱える不安をやたらに正当化する風潮がある。正当化するよりも、正当化しなければいけない状態にある自分を笑えるようになると良い。

 

自分を笑えるようになるのはとても重要だと思います。卑近な話、「いやー、昨日カバンを駅に忘れて手ぶらで家に帰っちゃってー」と笑いながら言えるようになるといい、ということです。

※私の小学校時代の実話です……

 

このように、自分の失敗談を笑いながら話せるようになるためには、あるプロセスを経る必要があります。例えばこのようなものです。

  1. 失敗の事実を知る
  2. 失敗の本質を知る
  3. 失敗しないやり方を考える

 

まずもって、失敗という事実の存在を受け入れる必要があるのですね。わざわざ自分のネガティブな情報を取りにいく人はあまりいないので、強いて習慣化する必要があるのではないかと思います。

 

それが、GTDの「更新(レビュー)」ステップです。意識しないとあまりやらない、自分の足元を見定める行為を決められたフレームワークとして実践する点、GTDの恩恵を感じます。

 

ところで、GTDは基本的に「書き出された情報」を元にレビューをします。つまり、書き出されない情報は対象ではありません。これがなにを意味するのか。

 

頭の中で勝手に増幅させてしまう、「かもしれない不安」は、レビューの対象ではないということです。

 

レビューの対象である「書き出された情報」はこれ以上増えることのないものです。いたずらに自分で余計な解釈を加えてしまうということがないのです。

 

したがって、レビューを習慣化することには、反省の度合いを超えて自責が過ぎてしまうことを避ける効果がある、と私は感じています。

 

失敗の事実は素直に受け止め、それに余計な解釈を加えずにアップデートをしていく。これを続けることが大事であり、そのノウハウとしてGTDはとても優れているなと考えています。

 

 

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頭の中の「ごちゃごちゃ」を外に出し、見える化して「スッキリ」させる

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