読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

「働かざるもの」は働きたくないわけではない

吸い込まれるように読了

読み始めたら止まらなくなりました。

 

読んだその日、一日この話の影響下に置かれました。感想がこちらです。

 

自分と二重写し

この話の中の「伯父さん」のように才気あるような感じではありませんでしたし、アル中ニートでもありませんでした。ただ、発達障害の診断を受けて、無職で実家にいて何もせずにいた期間があるという共通点があります。

 

働きたくても、働ける自信がないので働けないというのが、当時の私の心境でした。これは多分に自分自身を「もっとやれるはず」と実際よりも高く能力設定を勝手にして、達成できなくて落ち込んだ結果による自信喪失が原因だと考えています。

 

お酒を飲むと、気が大きくなります。そうなると「ええい、もうどうでもいいや!」という解放的な気持ちになります。会社に就職してからも、満足に働くことができていないという思いから、お酒の弱い私が、帰宅途中にビールを買い、家まで歩きながら飲んでいた時期がありました。自分の限界から目を背けたくてやっていたのだと思います。

 

それを笑いながら同僚に話したところ、目の色を変えてやめるよう強く言われました。その同僚は、話中の伯父さんと同じような人が親類にいらしたそうで、若くして亡くなったのだそうです。

 

そのときの自分とおなじく話中の伯父さんも、きっとじくじたる思いがあったのではないかと推測します。顔はヘラヘラしながらも、内心「自分はこんなはずじゃない。もっとちゃんとできるはず」と苦しんでいたはず。でなければ、身体を壊すまで酒浸りにならないでしょう。

 

救いの神

残念なことに、話中の伯父さんには救いの神は現れず亡くなってしまいました。一歩間違えたら自分もこの路線を歩んでいたかもしれないと思うと考え込んでしまいます。

 

自分はどこが伯父さんと違ったのかと考えたところ、理解ある周囲の人たちがいてくれたことが大きかったと思います。さらには、自分の特徴を認めて受け入れたことタスク管理に出会えたことが挙げられます。自分にとっての救いの神はこの3つのことです。

 

今は何気なく毎日を平穏に送っています。しかし、話中の伯父さんと共通した原体験があり、今の私の何らかのスイッチになっています。

 

先の3つの救いの神のうち、手っ取り早く自分で実行可能なのは3つ目のタスク管理です。伯父さん予備軍にタスク管理が役立つのであれば、やらない手はないです。救いの神という現実味のない表現より、支援と言うべきでしょうか。

 

自分がなぜここまでタスク管理にこだわっているのか、イベントまで起こしているのか。このあたりに源がありそうです。

主語・述語を躊躇なく補完する

行間を読ませる

日本語のすごい点は、俳句に見られるような少ない文字数でたくさんの情報を表現することができることだと常々思っています。

 

俳句もそうです。詩もそうですね。歌の歌詞もあれだけの時間でかなりの情報量、しかも言葉にならない感情のようなものも伝えることができます。

 

文法的な不足を許容

日本語の文法的な特徴がとても分かりやすく説明されている記事がありました。

英語との対比は、日本語の特徴を際立たせてくれますね。とても興味深いです。

 

論理的な理解への壁

私は、仕事上の説明や指示が分かりづらい時には、申し訳ないと思いながらも「今の『あれ』って昨日の夜に私から送ったメールのことですか?」とか「2、3日中ということは3日以内ということでいいですか?」と確認します。

 

この確認、重箱の隅をつつくような、チクチク嫌らしい指摘に受け取られかねませんよね。でも、相手のことを正確に、キッチリと理解するのには必要だと思っています。

 

会社でよくある「言った、言わない」のトラブルは重箱の隅をつつくことを躊躇した結果発生することが多いと経験上感じます。

 

GTDの「見極め」

タスク管理「GTD」は、行間を読ませる余地をできるだけなくして、主語・述語、あるいは「5W2H」をはっきりさせると上手くいきます。「誰が」「誰に」「いつ」「どこで」「どんな風に」「何をする」といった、日本語では省略可能な情報も言語化しなければなりません。これが、GTDでいう「タスクの見極め」です。

 

タスクを見極めようとすると「ここまで細かく聞いたら悪いな」と考えてしまいます。ですが、そこで躊躇して後の火種をそのままにしておくのはできるだけ避けたいですよね。

 

タスク管理のフローには必要なんだと自分に言い聞かせて、思い切って重箱の隅をつついてみませんか。業務が確実に回るようになる、れっきとしたカイゼンになることうけあいです。

 

 

失敗を失敗に終わらせない

今後気をつけます!の不毛さ

何か仕事でやってしまった時、迷惑をかけた相手、マネジメントをしている上司に向かって何と言いますか。「今後気をつけなさいよ」「はい、以後気をつけます」というやり取りに終わることってないですか。

 

私はこのやり取りは、100%とまではいきませんが、かなり不毛だと思います。ミスが起こらないように、どういう改善をしていくか対策がなされていないからです。

 

もちろん、本当に手の打ちようがないほどウッカリなミスもありますね。そのようなのはしょうがないと思います。自分がしてしまったら、何と申し開きをすれば良いのか分かりません。

 

工夫すればミスがなくなる、あるいは減るようなやり方を検討もせずに、「今後は気をつけます!」とだけ言って終わりって、それだけ?と思ってしまいます。

 

失敗は成功への序章? 

だからと言って「失敗は失敗じゃない。成功への第一歩なのだから」みたいなことをちょっと高めの椅子のあるカウンターバーでスラッとした長い足を片方だけ一気に伸ばして片肘ついて高い酒をあおりながらしたり顔で言うのも、何かちょっと憚られます。ああ、これは私の偏見が大分入ってますね。

 

良いこと言っているんですけど、それだけだと地に足がついていなくて、そう言って自分をただ慰めているだけのような気がします。

 

失敗の記録

タスク管理では、記録がまずありきです。記録によって、自分のどこが悪かったかを具体的に見つけて、具体的な対策を立てられるんですね。ただ単に「今後は頑張ります!」ではない。

 

「今回は、この部分の判断が間違いましたので、同様の時には、次はこのようにするようにします」

 

「この部分を早く実行しなかったので、全体的な流れを止めてしまい、期限に遅れてしまいました。次回はこの部分にすぐに取り掛かります」

 

このように言われたら、確実に結果を変えられるし、報告を受ける方も「またか」と怒らなくてすみますね。タスク管理で「収集」し、目的を明確にして具体的な手順まで落とし込んだ仕事の記録を参考にして、より成功できる手順に変えるという、極めて実務的な方法で自分を成功へと導いてくれます。曖昧な「今後は気をつけます」の目的とするところ__ミスを再発させない__を実現できるようになります。

 

失敗の記録はタスク管理のフレームワークに落とし込むと、全て成功の下準備となり、失敗という評価で終わってしまうものにはならないという点で、タスク管理は失敗を成功に転化する技術であると言えます。

自己肯定感を下げにくくする方法

タスク管理の失敗体験?

先月今月と2ヶ月間に渡り講師として参加している、オンラインコミュニティ「ライフエンジン」のオフラインミーティング「月次報告会」に参加しました。

lifeengine.net

そこで、タスク管理の失敗談を話すことになりました。ところが、タスク管理を仕事に使い始めてからというもの、タスク管理ならではのミスがあった記憶があまりなく、「あまり失敗したことがないんですが」などと空恐ろしいことを言ってしまいました。

 

失敗とは?

失敗していないわけないんですね。昔の自分に比べれば劇的に減っているものの、失敗しないなんてことはないです。むしろ、どうしてタスク管理の失敗が記憶にないのかと考えるのが良いのかもしれません。

 

当たり前すぎて恐縮ですが、失敗だと思わなければいいのですね。失敗だと思わないためには、失敗によって自信が下がる以上に自己肯定感を上げればいいわけです。あるいは、失敗しても自己肯定感が下がらなければいいのですね。

 

自己肯定感のコントロール

先天的に自己肯定感が下がりにくい人がいます。とても羨ましいですね。そしてその逆、自己肯定感をすぐ下げてしまう類の人がいます。真面目な人です。真面目で、なおかつ上手く立ち回れない不器用な人は、総じて自己肯定感をコントロールするのが苦手ですね。

 

タスク管理は自己肯定感を安定させる

そこで、意図的に自己肯定感を下げにくくする手法として、私はタスク管理を挙げたいと思います。タスク管理を実践することで「(小さな)成功体験を重ねる」「成功体験を可視化する」「余計な責任を背負い込まない」ということができました。

 

上記の3つ目がちょっと分かりづらいかもしれません。これは、そのタスクについて現在誰がボールを持っているかを、私のタスク管理ツールでは明らかにしています。

 

そのおかげで、自分がボールを持っていない時に何か事件が起こってもテンパることなく冷静に対処することができ、「自分のせいだ!」と思い込んで自信をなくすこともなくなりました。自己肯定感を下げにくくするのに「ボール持ち」の概念はかなり貢献しています。

 

月次報告会でも自己肯定感の話はしました。今の自分にとって、自己肯定感を安定させることはとても大事なことだと思っています。そのために、タスク管理からは離れられないとも思っています。

見通しをつけて走りだそう!

「なんかやりたくない」のモヤモヤ

今、とっても面倒臭い仕事を抱えているとします。全然やる気が出ない。やる気を出そうとも思わない。そんな仕事ってありますよね。その理由は漠としてはっきりしません。あえて言うなら「なんかやりたくない」という感じです。明確な理由があってやる意欲が湧かないのではなく、ただなんとなくやりたくない。

 

モヤモヤ中はやらない!

「なんかやりたくない」とモヤモヤしている最中は、その場で何かやらなきゃいけないと焦ります。やってるうちに先が見えてくることもありますが、私はそのやり方はあまり採りません。「なんかモヤモヤするからやらない」と言うと、とても面倒臭がりで怠惰に聞こえます。実際私はかなりの面倒臭がり屋なのですが、それはさておき、案外悪くないと思っています。それは、モヤモヤの解明、解消につながり、結果的にストレスなくスピーディーに進めることができるからです。

 

モヤモヤの解明そして解消

モヤモヤの解明、解消とは何か。その仕事のゴールと、それまでの道筋を明らかにすることで「何をすれば良いかが分かってスッキリ!」状態になることです。

 

何をすればいいのか分からない仕事について、先輩や上司に「こうしてみ?」とアドバイスをもらった途端に、頭の中の点と点が線でつながり視界が一気に開けるような爽快感があった経験はありませんか?それです。その「視界が一気に開けた感」はかなり気持ち良く、自分でそれが作り出せるならどんなに良いことか!と昔は思っていました。

 

それは「見通し」

GTDの開祖デビッド・アレンは、その感覚を「見通しがついた状態」と表現しています。現在地から目的地まで、どこをどう進めば良いか完全に道順が分かっている、あるいは、とりあえずどの道を進めば確実かが分かっているということです。

 

そして、タスクを書き出し、目的を明確化して、具体的な行動に落とし込む。これが見通しをつけるための作業です。冒頭に書いた面倒臭い仕事は、実際に着手する前にこの作業をすれば、きっとスッキリした気持ちで取り掛かることができるようになるのではないか、なるに違いない!という根拠のない自信が私にはあります。

 

見通しがつくことは大事

経験上、見通しの力を甘く見てはいけないなと強く思います。同時に、見通しをつけるために必要な作業もとても大切だと考えています。

 

そして、見通しがつかない中闇雲に進めるのは避けなければいけないということも痛感しています。周囲には「頑張っている感」がとてもアピールできます。でもそれだけに終わることが多いと思います。

 

本当に誠実に目の前の仕事に取り組もうとすれば、目的地も道筋も分からずがむしゃらに走り出すことはしません。暗い夜のとばりの中へ行くあても分からぬままに盗んだバイクで走り出したりしません。

 

この積み重ねが、上述した根拠のない自信、ひいては自己肯定感につながっていくのかな、と思いました。

毎日定時1時間前からの「退勤の儀式」

定時上がり

私はほぼ毎日定時に退社します。「ほぼ」は「毎日」にのみかかります。つまり「ほぼ定時」ではなく「定時」です。定時である17時に退勤の打刻をします。今月もほぼ毎日私の退勤時刻に「17:00」が並んでいるはずです。

 

車は急に止まれない

交通標語よろしく、私たちも定時ギリギリまで仕事をやっていたら定時上がりは無理ですね。仕事にひと段落つけて、後片付けをして、となるとすぐに10分や15分は経過してしまいます。止まる目的の場所のかなり前からブレーキを踏んでおかないと安全に停車できません。それと同じだと思います。なんて言っている私、車の運転免許持っておりません(笑)

 

ブレーキの踏み込み

では、退勤前の予備動作としての「ブレーキの踏み込み」、つまり毎日の退勤の儀式を書き出します。

 

まず定時の1時間前の16時。今自分がボールを持っているタスクを確認します。当日中に完了、あるいはボールを投げ返さなければいけないタスクはそれまでにほぼほぼ実行しているので、大体は「よし!これ全部明日以降に先送り!」とします。そして、毎日のルーチン業務の郵便物の投函のため社内の郵便物をまとめます。それ以外は緊急の割り込みタスクを除いて何も入れません。

 

定時の30分前の16時30分。毎日のルーチン業務である郵便物をポストに投函するため外に出ます。信号待ちが長いので、帰ってくるまで10分くらいかかります。

 

定時の20分前の16時40分。エクセルの自作タスク管理ツールで、今日やった業務タスクを今日の日付で検索。エクセルなので、ブック全体を日付で検索してあっという間に当日分の業務棚卸しが完了します。棚卸しした業務をノートに簡単に走り書き。これは後の終礼で使います。

 

定時の10分前の16時50分。部で集まって終礼を行います。各自その日やったことを報告。先ほど棚卸ししたタスクの走り書きをそのまま読み上げ、「何もなければ定時で上がります」「定時で上がります」と終業時間を言って解散

 

定時の30秒前の16時59分30秒。パソコンのシャットダウン操作開始。シャットダウンするまでに20〜30秒かかるんです。

 

定時の17時。「お疲れ様で〜す」と言いつつチャイムと共に退勤の打刻をし、目の前にある駅を17時4分発の電車に乗り帰宅。

 

これが通常時の退勤の儀式です。もちろん、このようにならない時はありますが、おおよそこんな感じです。

 

タスク管理をするようになり、自分の業務の生産性などを強く意識するようになりました。私にとって、定時退社はタスク管理のオマケのようなものです。ただ、かなりお得なオマケだと実感しています。

忙しい風な人になってはいけない

忙しくしてます!

社会人の「オトナ語」のような使い方をされる「おかげさまで忙しくさせていただいております」。忙しいことは今の時代完全に良いこととされていますね。忙しいのは仕事がある証で、仕事は「させていただく」もの。だから、忙しいのは幸せな証拠。だから、さぁ働こう!ということなんでしょう。確かに、働きたくても働けない人たちからすれば幸せな環境です。働いて価値を生み出し社会へ還元するのは良いことだと本当に思います。

 

自己実現

私たちの年代が就職活動をしているころに流行った言い回しに「自己実現のために仕事をする」というものがあります。当時の私はその意味がきちんと分かって使っていたかというと全く自信がありません。当時の新卒世代もほぼ皆そうだったのではないでしょうか。

 

自己実現とは?

自己実現を辞書で引くとこのような説明がされています。

K.マルクスの概念。人間の合目的な生産活動の過程で,ある対象に働きかけ,それを獲得しながら,人間としての豊かな自己の能力や個性を実現させていこうとするもの。

kotobank.jp

自分の個性や特徴を活かしましょうという部分が大事でして、言ってしまえば自分の強みが分かってこそ自己実現をする・しないの岐路にやっと立てるわけです。自分の強みを活かして何かができるのは大変な喜びなので、私は自己実現はとても良いことだと思います。

 

兵隊さん

今の会社、特に大きな会社は、従業員を兵隊として扱い、自己の強みや弱みを把握して自分なりの業務改善をしようとしても理解されないことがあります。

 

先日、このようなツイートが流れてきて、かなり表現は強いもののとても理解できるなと思いました。

 

もしこのような環境にいるのであれば、自分が何者か、どんな強みを持っていて、どんな特徴を持っているかを理解する暇もなく、「忙しく」時を過ごしてしまう恐れがあると考えています。

 

脱・兵隊さん

上記のツイートで「遊んでいる」「非効率」とみなされるところにこそ、自分の強みを把握したり発揮できるチャンスがあるのではないかと思います。つまり「忙しくしていると、目先の作業に追われてひたすら手を動かし、自分なりの創意工夫を活かす暇がなくなる」ということになります。

 

作業に没頭して勤め上げるのもありですが、自己実現のために効率を上げて生産性を向上させる方が、生きていてより楽しいのではないかと思います。

 

兵隊として手を動かし続ける環境から脱出するには、生産性の向上が必要ということになります。生産性の向上は、具体的に言うと、毎日の仕事で無駄に忙しくしている時間をできるだけなくすことです。

 

無駄がどのように発生しているかを把握したり、そもそも無駄の発生しにくい自分なりのパターンを習得する、いわゆる生産性向上にはタスク管理手法GTDはうってつけのフレームワーク(仕事への取り組み方)だと改めて思います。

 

そうして生まれた余裕から、自分の個性や特徴を見いだし、自分なりにできることを見つけることができたら、相当毎日面白くなると思います。