「ベストを尽くす」は無理をすることではない
「今、何をすることが私にとってのベストだろうか?」。そう問いかけ、それに対する答えに耳を傾けて実行すると決意したのならば、自分の心のどこかにある「疑い」や「ためらい」や「決めつけ」に攻撃されても、くじけるべきではない。
(「ストレスフリーの仕事術
仕事と人生をコントロールする52の法則」より)
同じ章では、こうも書かれています。
ベストとは、完璧とは違うーーベストとは、この瞬間、あなたの持てる全てを注ぎ込んでできることがベストなのである。
つまり、「ベストを尽くす」というのは、自分が持っていないことはできなくても良いんですね。
天邪鬼かも知れませんが、頑張りすぎて燃え尽き症候群になったり、過労で倒れたり鬱になったりする人が多くいるこのご時世、このような考え方は重要ではないかと思います。
ベストを尽くすという言葉から連想されやすい、無理をしてでも頑張るというイメージには、とても抵抗があります。
マラソンの最初の100メートルを全力疾走したら、残りの42,095メートルはどうなるか、ということです。
であれば、自分なりのベストを尽くす状態とはどういうことかを自分で分かることが大切ではないかと思っています。
私にとっては、仕事に限って言えば、ただひたすらにタスク管理ツールにタスクを入力し、タスクを実行し、完了したタスクを消す、この繰り返しをひたすら続けることです。
これが数ヶ月後、数年後はどうなっているかは分かりませんが、自分がこう決めたのでこれが私のベストと言うべきだと考えています。
多少無理のきく体力、気力、そして価値観を持っている方には、なんと無気力な、覇気の無いことと思われるかも知れませんが、身の程も知らずに頑張り過ぎて迷惑をかける方が余程無責任なのではないかと思います。
そして、自分なりにベストを尽くした結果、そこからは何がしかの新しい自分の目標なり、ベストの尽くし方のヒントになるようなものが現れ、そこに向かってまた自分を持っていくため、「ベストを尽くし」ていくようになる。
案外、そんな変化の繰り返しでこれからも生きていくような気がします。