ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

GTDの目的。GTDで目指す生活。

「仕事の効率化」が目的ではない
タスク管理の目的とは何か。より多くの仕事をより短時間でこなすことでしょうか。それは手段に過ぎないと考えます。経営者はそれがさも目的であるかのように言うかもしれませんが、我々はその先にある「精神的な安定」「安心」を目的とすべきであって、効率化を目的とする考え方は違うと思います。タスク管理で定時帰りをしていると、押し寄せてくる仕事の波を適切にいなして、ストレスに潰されないようにするのが目的なんだなとつくづく実感します。

 

GTDの理論は、私たちを押しつぶしかねないストレスを把握し、それらを軽減するための極めて実用的なアプローチだ。
(デビッド・アレン「ストレスフリーの整理術 実践編」)


ストレスに打ち克つ!という精神論
やりたいことをするにも負荷はかかります。どんなことをやるにもストレスは生じますね。やりたくないことをやっているならなおさらです。その、いずれも発生するストレスとおさらばして、やりたいことを心ゆくまで追求できる状態にする方法、あるいはやりたくないことを最低限の時間でおさめ、精神的な影響をできるだけ少なくする方法、それがGTD(なんかiPhoneのCMみたいですね)。

 

ストレスに負けるな!と言うと即根性論、精神論にいきがちですが、GTDを実践することで不要なストレスを背負い込まないようになりました。結果としてそれは働き方を変えることになり、仕事のスピードを上げ、効率的に仕事をこなすことができるようになりましたが、あくまで結果です。我慢に我慢を重ねてその結果を出したのではなく、方法を工夫することでストレスを軽減することは可能だと考えています。

 

GTDは誰のためのもの?
英語でGTDなんて書かれると、一部の意識高い方々のためのものだという印象があるかもしれません。しかし、ハイスペックのエリートビジネスパーソンのテクニックではなく、毎日の仕事が嫌だ、面倒でしょうがないと愚痴る人全般にも使えるものだと感じます。むしろ、そのような人たちのためのものではないかと思うほど、高度なスキルは必要なく、紙とペンさえあれば即実践可能なものです。

 

ストレスから解放されて、趣味や家庭、その他自分のやりたいことに時間をたくさん割けるようにしないとあっという間に人生の残り時間が少なくなってしまいます。その仕事は自分が人生かけてやるべきものなのか、他に大事にしたいものはないのか。GTDはそれを問うことができる格好のツールでもあります。

どの時点で仕事のボールを投げるか問題

ボールを投げる前の逡巡
誰かに仕事を振る場合、どこまで噛み砕いたり細かくしたりして渡すべきかは配慮が必要ですね。例えば官公署へある申請をしてもらうとします。申請用紙をポンと渡してヨロシクですむなら話が早いですが、そうはいかない。

 

では、どこまで噛み砕いたり、作成のための資料をこちらで用意してから投げなければいけないのか。申請書類に書き込むために必要な情報を別の機関に聞いたり、社内のキャビネットの奥底に埋まっている資料を掘り出さないといけなかったりします。自分から手離れさせるためにはこれくらいのことは自分で調べて用意してあげてから渡さなきゃいけない、とか思ったりしませんか。

 

自分がどこまでやって、どの時点で他人に仕事を投げるか。この切り分けを考えることは、タスク管理の「タスクの分解」の重要な1つだと思います。

 

ボールの投げ時
内容も把握せずに他人へボールを投げる、いわゆる「丸投げ」は論外ですが、かと言って相手に配慮するあまり、長時間自分でボールを持ち続けるのも考えものです。

 

特に責任感が強くて真面目な人は、「もうちょっと自分で噛み砕いてから仕事のボールを投げよう」と考える傾向にあると思います。ちょうど良いボールの投げ時を見つけ、それに合うようなタスクの分解をするのは案外難しい。

 

これは、その組織の組み方や人員構成によって変わるので、普遍的なタスク分解の方法というものは無いと考えて良いと思います。

 

どうすれば「ボールの投げ時」が分かるのでしょうか。

 

タスク分解を数多く経験する
私は、柔道の乱取りのように、何回もタスク分解の経験を重ねることで投げ時を見極めるセンスが磨かれていくものだと考えています。ただ、その乱取りは無闇にやるのではなく、自分なりにタスクを分解し、その分解内容を上司やボールを投げる相手に前もって相談します。「部長、こんな段取りで進めようと思うんですが。」「田中くん、ここでいったん渡すけど大丈夫?」といったように。

 

こうすれば、タスクを分解して適切なボールの投げ時を把握していき、自分がボールを持ちすぎず、丸投げもしないで仕事を効率的に進めることができるようになるのではないかと考えています。

 

脊髄反射をやめて「準備→実行」へ
やるべき仕事に脊髄反射でしか動けない時期がありました。それだと効率も悪くなります。周囲への仕事の振り方も雑になります。結果、自分の首を締めることになりかねません。

 

あらかじめ進め方を考えてから実行するのは、何も大プロジェクトをやる時だけに限りません。小さな仕事も同じだと思います。

自分の人生を「運転」する

「他人の人生を生きるな」
スタンフォード大学の卒業式で、卒業生に対しスティーブ・ジョブズが行ったスピーチの一節です。自分の余命というものを意識した後の話であり、その後数年で亡くなっていることから、鬼気迫るような迫力を感じます。人生は有限であり、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないで欲しい。刺さります。

 

人生の運転席に座る
タスク管理メソッド”GTD"の開祖デビッド・アレンも、同様のことをその著書で記しています。

GTDの手法である、収集・処理・整理・実行をしているときに気分が良くなる理由は、なにもそれによって仕事が減るからではない。その作業をすることで、自分が人生の運転席に座ることができるからなのだ。
(デビッド・アレン「ストレスフリーの仕事術 仕事と人生をコントロールする52の法則」より)

 

「自分の人生を生きる」とは
自分のやりたいこと、やるべきこと、人によっては使命ともいえることを見出し、それを実現するための行動を決めて実行していくことだと思います。もっと言うと、ずばりGTDの方法論で生きること。デビッド・アレンの著作「Getting Things Done」は当初「物事を成し遂げる技術」とも訳されていました。業務管理ソフトやツールをそのまま適用することはできませんが、その考え方__収集・処理・整理・実行に表されるGTDのフロー__は大いに役立つと実感しています。

 

そうやって目的を見定めることができ、方向性が決まった人はブレないですよね。自分軸ができるので、他人の意見に左右されないでいられます。他人からは突き抜けてると評価されることもあるかもしれません。

 

GTDの方法論で思考して生きてみるのは案外面白いと思います。自分の人生のハンドルを自分で握ることができるのでお勧めです。

パンドラの箱を開けてしまう

生産性向上への興味!(キラッ)
タスク管理手法"GTD"の開祖デビッド・アレンの書いたコラムに「生産性向上に(本当に)興味のある人はだれ?」という題名の一文があります。

自分の人生を変えようと思って働いている人こそが、もっと自己管理を改善させようと思っている人なのだ。(中略)絶対優勝するぞ、と決意しているF1チームは何千時間、何万ドルというお金をかける。
逆に、自分を変えようと思っていない人は、目の前に最高の自己管理手法がぶらさがっていたとしても気がつくことがないだろう。競争をしているわけでもなく、何かを達成するつもりもなく、ストレスを解消する必要さえもなければ、何かを改善するために時間やエネルギーを費やすのは彼らにとって明らかな無駄なのだから。
(デビッド・アレン「ストレスフリーの仕事術 仕事と人生をコントロールする52の法則」より)

 

 

現状維持という生き方

事実として、とにかく現状維持さえしていれば良く、今いる会社にぶら下がって毎月給料をもらうという人は少なからずいると思います。その生き方を否定するつもりはありません。ただ、そんな人たちは会社にいる時間が苦痛でしかないだろうなと想像しています。給料は我慢料だという考え方があります。それもそうかもしれないと思います。組織で働くことは、我慢しなければいけないこともあります。

 

もうそこには戻れない
ただ、タスク管理で劇的な変化を経験してしまった身としては、もうそこには戻れないと思っています。自分の向上心に気がついてしまい、もっと面白く人生を送れないかと思い始めてしまうんですね。

 

嘘っぽくて暑苦しいポジティブさを感じるかもしれません。私もそのような類の方々は敬遠してきたのですが、タスク管理というパンドラの箱を開けてしまったのかもしれません。

実行したくなくなる業務タスク

「なんかやりたくない」
やりたいこと、やるべきことを書き出して「あ~あ、なんかめんどくさいなぁ」と思うことはありませんか。やらなきゃいけないし、積極的にやりたくなくなるような環境でもない(やって終わらせる度におにがやってきてやる前の状態に戻されるとか)のに、取り掛かることができない。考えてみれば不思議ですね。

 

「なんかやりたくない」という気分の根源
どのようなときに「なんかやりたくない」と思うか。経験上、何から手をつければいいかわからない状態のときにやりたくないと思うことが私は多いです。

経営者をコーチするときは、「長期的」と呼ばれているプロジェクトをまずは明らかにすることにしている。(中略)「長期的な」プロジェクトに関して私は訊く。「これらを達成するための次の行動は何ですか?」。
たいていの場合、彼らは答えを持っていない。そして、次の行動が決まっていないことについて、なんとなくきまり悪そうにこんな弁解をするのだ。「ま、でも、ほら、これは長期的なプロジェクトだから……」。

目標がどんな遠くにあろうと、本当に達成しようという誠実な気持ちがあるのなら、目標に近づくために今すぐできることが何があるはずだ。「火星旅行に行く!」というプロジェクトであっても、次にとるべき行動を決定することはできる。
(デビッド・アレン「ストレスフリーの仕事術 仕事と人生をコントロールする52の法則」より)

 

次にとるべき行動が分からないとき
やりたいこと、やるべきことに着手できないときは、上記のような場合であることがほとんどです。そして、そんなときに自分の中では何が起こっているかというと、大した動きがない場合が多い。

 

「やりたいんだけどッ!やれないッ!なぜだァッ!」といった自分の中での大きな葛藤でも生まれれば「取り掛かれていない自分」に対する危機感は否が応でも煽られます。しかし実際は、「うーん、ちょっとやめとこ」くらいの気軽さで取り掛かることをやめてしまう。そんな感じじゃないでしょうか。お気軽であるが故に、やろうとしたけど実行に取り掛かれないタスクが続出するんですね。

 

無理矢理にでも次の行動を設定する
やってみたいけど絵に描いた餅に終わりそうな気配濃厚なことは、とりあえず次の行動を無理矢理にでも設定し実行する。その繰り返しが、当初はできないかもと思っていたことを実現へと導くのではないかと思います。

 

人と約束をする。それに使う物を買ってしまう。場所が必要なものであればその場所を確保してしまう。そういった行動を1つ1つ重ねることで、いつのまにかグイグイ自分を実行完了まで引っ張って行ってくれます。

 

そのための方法論を自分で打ち立てるのは困難ですが、GTDのフローは「次にとるべき具体的な行動」を見つけて実行し続けていくことを強力にサポートしてくれています。実行したくなくなる業務タスクをかなりの数減らしてくれることうけあいです。

副業をする余裕はどこから?

副業をやる余裕なんてない!
仕事で疲れると副業どころではないですよね。副業するには本業の精神的負荷の上にさらに副業のそれが乗っかってくるわけです。それに耐えなきゃいけないんですが、なかなかできないですね。

 

多くの人は、本業の残業に追われてヘトヘトになっていると思います。仕事を終えても、常にあの案件のあの地雷が爆発しないか、明日職場に行ったら忘れていた仕事がその日締め切りという状態で口を開けて待っていやしないかと、いつも不安に苛まれる。そんな毎日を、タスク管理以前の私は過ごしていました。10年前くらいの当時、「副業」という言葉自体はありましたが、今ほど注目されてはいませんでしたし、私も会社の仕事をこなすのに精一杯で、副業をやる時間的・精神的・体力的余裕すべてがありませんでした。

 

副業をやる余裕を生み出すために
では、副業できるだけの精神的余裕を持つにはどうしたらいいか。仕事で消耗しなければ良いわけです。そのためには、「仕事を終えたらその仕事についての不安がない状態にする」ということが大事だと思います。そんな状態にはどうすれば到達できるのか。全ての仕事とその進捗を把握する、どれがどれだけ進んでいるか、そしてどれがどれだけ進んでいないかを把握すると不安がなくなると感じています。

 

不安はやりかけの仕事から生まれます。もっと厳密にいうとやりかけの仕事があってその仕事がどれくらい残り作業があるのかが不明な時に不安が生まれると言えます。そうでないときは不安にならない。このことを本当に実感しているかどうかが大事だと思います。

 

実は余裕をなくしているのは他ならぬ自分
会社を出たら実は今日が締め切りだったと気が付いたとか、どう考えても100時間必要なのに明後日までに仕上げなければいけないことが分かった、とかだったら話は別ですが、そうでない限りは、見通しのついていない仕事を抱えて自分で不安を作り出して自分を苦しめていることが多いと考えます。ちょっとしたこと、例えば「Aさんにメールを出し忘れた」ということを思い出しただけで最悪のシチュエーションを想像して頭が真っ白になってしまうようなことが多々ありました。自分で勝手に思い込んで自分の首を絞めているのですね。

 

自分を責める自分を排除する
以前とは違い、今の自分はそれがほぼありません。タスク管理ツールに全部の仕事を書き出しているので、ひょっと思い出してうわぁ!となる恐れがありません。お陰で会社を出たときから家族のこと、趣味のこと、そして副業のことを安心して考えることができるようになりました。タスク管理を始めてその効果に驚きました。

 

余裕を生み出した自分が行う副業
タスク管理を運用することで生み出した「余裕」を使ってやる「副業(会社の仕事とは別の活動の軸、みたいに考えて下さい)」は、タスク管理を広めることです。ブログを毎日更新していることから、余裕があるんだなくらいはお分かりいただけると思います。タスク管理でつくった余裕でタスク管理自体を広めるとは少々(?)奇特ではありますが、本業と副業が良い相乗効果を生み出しているなと実感しています。

固定化した優先順位リストは意味がない?

優先順位は常に変わる

固定化した優先順位にそって並べられたタスクのリストは作るだけ無駄だと思います。有効なのは、優先順位を決める時の自分ルール。「発生した順に対応する」「締切が近い順に対応する」「偉い人順に対応する」といったものです。

 

締切で判断するとA→B→Cという優先順位で業務タスクを実行することになっていたとします。しかし、Cを依頼してきた社長から「あーきみきみ、Cを早くして欲しいんだがね」と言ってきたとします。一般的なサラリーマンなら即座にC→A→Bへ順番が変わりますね。こんな風に優先順位は時々刻々と変わるので、「どうせ変わるんだから優先順位は決めても意味ない」と考えてしまい、タスク管理崩壊への一歩を進めてしまうのです。 

GTDは正しい判断ができるように準備をするための優れたシステムではあるが、究極的には「今、私がするべきことは何か?」という問いに答えてくれるものではない。
(中略)ランク分けした優先順位や、毎日のTo Doリストに魅力を感じてしまうのは無理もない。だが、現実はもっと厳しい。人生や職場において経験を積むにしたがって、扱わなければならない問題の複雑さも、捉え難さも、変わりやすさもどんどん増していく。そこには簡単な解決法などはないのだ。
(デビッド・アレン「ストレスフリーの仕事術 仕事と人生をコントロールする52の法則」より)

 

優先順位にすがりたい

優先順位付けをするととても気持ちが良くなります。ですが、それはその一時だけです。いったん並べたら上から順にそのまま何も考えず実行したいですね。しかし、リアルタイムで仕事の依頼を受ける場__特に会社なんかはそうですね__では、不変の優先順位通りに業務をこなすことはほぼ無理です。優先順位にすがることはできません。

 

せめて「今日依頼を受けた業務はなるべく今日しない」といったくらいしか、優先順位を守る術はありません。ここは潔く「不変の優先順位」を諦めるしかないでしょう。

 

変わり続ける優先順位に対応するためには、タスク管理ツールをリアルタイムで更新し続けることです。使用しているツールや職場環境によっては大変難しいのだと思いますが、なるべくそれができるように自分で工夫をすると良いと思います。