ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

「自分ボール持ち」タスクが多い日常タスクこそ他人へボールを渡そう

スマートフォンでもパソコンでも、場所を選ばずに使えるタスク管理ツール「タスクペディア」を開発中の私ですが、もちろん私も使用しております。「タスクペディア」の元となったExcel版のタスク管理ツールはそのまま会社で使っていました。日常タスクはタスクペディアにガンガン入れています。今後はタスクペディアに移行する予定です。

f:id:hochebirne:20180102092309p:plain

当方というピンク色のマークが「自分がボールを持っている」(当方ボール持ち)という印です。

 

タスクペディアのシステムはタスク管理手法”GTD”を基に作られています。GTDで要請されている5つのフローの1つ「整理」を具体化したタスクペディアの機能として、そのタスクのボールの所在を明らかにするというものがあります。「誰がそのタスクの進行を止めているか」「誰がそのタスクのボールを持っているか」という概念です。日常タスクだと、ほぼすべてが自分ボール持ちになってしまうという話は以前から聞いていました。私自身始めてみて、それを実感することに。

 

ずらっと並ぶ大量の「当方」に、「ああ、もうタスクやりたくないわー」と思うことしきりです。タスク管理ツールにタスクを登録してもタスクを実行したことにはならないという言葉を聞いたことがあり、それが心にしみました。

 

では、タスク管理、とりわけこのタスクペディアでの「当方」等のステータス表示は、日常タスクを扱うのに余分なものかというと、そうではないと考えます。むしろ、「だからこそ必要」だと思うようになりました。

 

日常生活で発生するタスクは、業務上の職務分掌のような分担範囲が明確でないことが多く、私の場合は業務タスクよりも容易に自分が全部背負いこんでしまいがちになってしまいます。本当に自分が一から十までやらなければいけないタスクはもちろん外せませんが、業務外の活動、例えば趣味であったり、友人との飲み会であったり、住んでいるマンション管理組合の事務等は、いかに無理なく自分から手離れさせるかを考えることはとても大事だと思います。ただ、その「いかに手離れさせるか」という手順を考えるのが一見億劫(遠慮しなければいけない場合も含めて)なので、「ええい、自分で全部やってしまおう」ということになってしまうのです。

 

私は、アマチュアオーケストラに所属しています。そこでは、演奏会マネージャーという、演奏会運営に関係することを統括する担当者になっています。その担当業務の中で苦手なのが、「打ち上げ会場探し」です。オーケストラという大所帯を収容し、なおかつ大量の持ち込み楽器を保管して置くスペースも確保し、酒飲みが多い(オーケストラの楽器弾きはやたら多いのです)ので飲み放題で、場所も演奏会場からあまり離れていなく、それらをクリアしてできるだけ費用を安く抑えて、といった諸条件をクリアする会場を毎回探すのが大変面倒臭く、先送りに先送りを重ねてしまっていました。

 

タスクペディアに「打ち上げ会場探し」というタスクを登録しました。私の上にいる運営委員長に相談しつつ、条件を洗い出して確認し、といった1つ1つの手順を書き出して、その通りに実行していった結果、歩みはのろい(それでも着手が遅い)ながら、条件に合った会場が案外スルッと見つかりそうな状況になりました。

 

そう思えるようになった理由は、まずは手順を1つ1つ書き出していったことで、「なんか面倒臭くて訳分からん(から先送りしちゃおう)」と脳内を無駄に駆け巡っていた思考を整理整頓できたことがまず1つありました。そして2つ目には、手順を書き出すことで、「これも『当方』あれも『当方』って、自分は松坂慶子かっ!」と、一手順でも多くボールを誰かに投げられるよう手順に分解していくようになったことです松坂慶子のくだりは嘘です)。実際、団内に会場探しに有益な情報をお持ちの方がいるという話を、運営委員長に相談したことがきっかけで、聞くことができました(運営委員長が情報を隠し持っていたわけではないです)

 

自分が全部背負いこみがちなこと、手順が全部「当方」で埋まってしまうようなタスクこそ、誰かに投げられないかと考えて自分の負担を少しでも減らす。「当方」ばかりで何もできなくなってしまう、と動かないより断然良いことだと思います。