ForGetting Things Done

「水のように澄みきった心」で頭空っぽに。

心理的安全性を守るためのタスク管理

こんな連ツイをしました。


批判的に見られることへの警戒

学生のときから楽器を趣味として続けています。成長法は、ひたすら自分にダメ出しをし続けることでした。楽器はそれである程度うまくいきました。

 

ところが、その他の活動にこの成長法を使ったところ、見事に潰れました。自分を批判的に見続けることで自己肯定感を常に低くしていく思考になったのです。

 

紆余曲折あって、その思考法から半分くらいは脱却できました。反動で、批判的な目に晒されることは自分をまた潰しかねない状態だと捉えるようになり、なるべくそれを避けるようになりました。

 

その結果、以前と比べて自己肯定感は上がったような気がします。

 

心理的安全性を認めない意見も

上のツイートで書いたように、会社では心理的安全性は優先されません。むしろ、ストレスを与えて緊張感を持つことで組織の成長をうながす傾向にあると感じます。この考え方は間違ってはいないと思います。

 

all-or-nothingで考えず、心理的安全性と程よい緊張感のバランスをどう取るかが、個人レベルでもマネジメントでも大事なのだと思います。

 

しかし、上で書いたような経緯をたどってきている私にとっては、心理的安全性の割合が少ないんじゃないかなと思うことしきりです。必要以上に負荷をかけることを正しいと信じているマネジメント層が多くいるのではないかと思います。

 

それを特に感じるのが人事評価です。

 

自分の思いこみや、自分が見聞きした会社がたまたまそうなのかもしれませんが、評価される側は「買い叩かれる」。批判的に見てできるだけ低い評価にとどめ、人件費を抑えようとする意図が透けて見えたりします。

 

身を守る手段としてのタスク管理

自分のような、常に自分を批判的に見ることで成長してきた人間には、こうした負荷に強い人は多くないのではないかと思います。

 

その負荷に負けないようにする、身を守る手段が必要です。自己肯定感を自分で上げられる方法です。

 

「自分はこれを成し遂げてきた」という自信とそれを支える記録。この2つが身を守る手段の大きな1つだと考えます。自分にとってはタスク管理の記録がこれにあたります。

 

また、その記録がたまっていくと、自分なりの方法論__勝ちパターンとも言えます__が確立されます。より一層安心感が生まれます。

 

自分にとっては、タスク管理の方法論とその記録が与えてくれる自信が、心理的安全性を支えてくれるものだと思っています。

 

最後に

とはいえ、タスク管理をやっていても心理的安全性と緊張感のバランスが揺さぶられるときはあります。そんなときこそ、一貫してタスク管理を続けることが大事かなと思います。

 

会社には仕事をしに行くのではなく、タスク管理ツールを更新しに行くだけ。

 

そう考えると、少し気が楽になるのではないかと考えています。